2月29日と「閏年ニ関スル件」・閏年では無いオリンピックイヤーについて

2月29日と「閏年ニ関スル件」・閏年では無いオリンピックイヤーについて 2月の歳時記

2月29日と言えば、4年に1度の閏年にのみ登場する日と思っている方も多いのですが、必ずしも4年に1度、閏年にはならないことはご存知ですか?

閏年に関する法律は西暦1898年(明治31年)に「閏年ニ関スル件」として決められてから、ずっとそのままであり、しかも西暦や元号を基準にしていません。

2月29日の閏年とは、どいうものなのか詳しく説明します。

閏年について

  • 読み方:うるうどし・じゅんねん

閏年は1年間が約365.25日であるため、4年に1度調整するために設定された日だと習った記憶があると思います。

普通の年(平年という)は365日で、閏年は366日であり、西暦を4で割り切れる年は閏年になると。

しかし実際には閏年は4年に1度ではありません。

1年間の長さは正確には平均365.24218944日(365日5時間48分45.168秒)であり、4年に1度必ず閏年を入れていると約130年で1日ズレていくことになります。

このズレを修正するため、閏年は400年に97回、つまり約130年に1度、4年に1回の閏年が無い年、つまりオリンピックの開催年・オリンピックイヤーなのに2月29日が無い年があります。

4で割り切れる年が閏年と言われていますが、実際には西暦1900年・2100年・2200年・2300年は4で割り切れる年ですが、閏年ではなく2月は28日までとなっています。

つまり2020年2月29日に生まれた人は2100年の20歳の誕生日は来ない訳です(実際には法律的には2月28日を持って80歳になりますが)。

閏年の求め方

現在の暦(カレンダー)はグレゴリオ暦というものです。

グレゴリオ暦において閏年は下記のように決めることになっています。

  • 西暦年が4で割り切れる年は(原則として)閏年
  • ただし、西暦年が100で割り切れる年は(原則として)平年
  • ただし、西暦年が400で割り切れる年は必ず閏年

例えば西暦2020年は4で割ると余りがありませんし、2024年も2028年も余りが無いので閏年となります。

ただし西暦が100で割り切れる年は(原則として)平年となるので1900年・2100年は閏年ではありません。

じゃあ2000年はどうだったのか?と言えば西暦が400で割り切れる年は必ず閏年になるので、2000年は閏年だった訳です。

西暦1200年・1600年・2000年・2400年・2800年は100で割り切れるけど400でも割り切れるので、閏年になる訳です。

1800年・1900年・2100年・2200年は100では割り切れるけど400では割り切れないので、閏年ではなくなります。

こうすることで400年に97回の閏年となります(1601年から2000年の400年間で閏年で無いのは1700年・1800年・1900年の3回で400年で97回の閏年)。

日本の閏年に関する法律「閏年ニ関スル件」

閏年の2月のカレンダー

日本の法律において閏年はどう定められているのか?と言えば、何と西暦1898年(明治31年)に発令された「閏年ニ関スル件」で定められたまま、そのままずっと運用されています。

「閏年ニ関スル件」ではどのように書かれていたかと言えば下記のように記されています。

神武天皇即位紀元年数ノ四ヲ以テ整除シ得ヘキ年ヲ閏年トス

但シ紀元年数ヨリ六百六十ヲ減シテ百ヲ以テ整除シ得ヘキモノノ中更ニ四ヲ以テ商ヲ整除シ得サル年ハ平年トス

意味、わからないですよね。

現在の言葉に修正すると下記のようになります(やや意訳・足りない部分を足しています)。

  • 神武天皇が即位した年(紀元前660年)を元年(紀元)として、4で割って割り切れる年を閏年にする
  • ただし紀元年より660年引いて、100で割り切れる年で、かつ100で割った時の商が4で割り切れない年は平年とする

意味がわからないところが2つあると思いますので、その2つを説明します。

神武天皇の即位した年の紀年法は皇暦

日本は1873年(明治6年)まで旧暦を使っていました。

旧暦においては元号しかなく、つまり昭和・平成・令和という天皇が変わると変化する年でしか表現が出来ていませんでした。

それだと長い期間で考えた時に不便ですよね。だから旧暦から新暦に変わる時に長い期間でも通用する西暦みたいなものを導入しようとなりました。

ここで素直に西暦を導入しておけば良かったのですが、西暦ではなく皇暦というものを使うことになりました。

皇暦は神話上で神武天皇が即位したとされる紀元前660年を元年(1年)としたもので、2021年は皇暦2681年、2022年は皇暦2682年というようになります。

ただ戦後、世界と同調するようになってから皇暦ではなく西暦を使うようになり、皇暦はほとんど使われなくなりました。

商という言葉

  • 神武天皇が即位した年(紀元前660年)を元年(紀元)として、4で割って割り切れる年を閏年にする
  • ただし紀元年より660年引いて、100で割り切れる年で、かつ100で割った時のが4で割り切れない年は平年とする

商って何だったけ?と思った方が多いのではないでしょうか?

管理人も習った覚えはあるけど、既に忘れていました。

例えば23を4で割ると

「23÷4=5+余り3」となりますよね。この時の5が商です。

2100年を100で割ると21です。21が商となりますが、21は4では割り切れません。だから2100年は平年となり閏年ではなくなります。

2400年を100で割ると24です。24が商となりますが、24は4で割り切れます。だから2400年は閏年となります。

  • 神武天皇が即位した年(紀元前660年)を元年(紀元)として、4で割って割り切れる年を閏年にする
  • ただし紀元年より660年引いて、100で割り切れる年で、かつ100で割った時のが4で割り切れない年は平年とする

上記は下記と同じ意味です。

  • 西暦年が4で割り切れる年は(原則として)閏年
  • ただし、西暦年が100で割り切れる年は(原則として)平年
  • ただし、西暦年が400で割り切れる年は必ず閏年

皇暦が入るので複雑に見えますが、書いてある内容は全く同じです。

閏年に関すること

閏年に関することを記していきます。

新暦より前に閏年は無い

1873年(明治6年)から日本は新暦(グレゴリオ暦)となりましたが、それ以前は旧暦(太陰太陽暦)でした。

その時代には閏年というものはありませんでした。

そもそも2月29日は毎年ありましたし、2月30日もありました(2月30日が無い年もあります)。

つまり明治初期までに生まれた人は2月30日生まれと名乗っていた人もいた訳です。

何より1年が355日であってたまに384日の年があって、調整していたのが太陰太陽暦なので、今とは日にちの感覚がかなり異なります。

閏年に関するリンク

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