五十日(ごとおび)と一六日(いちろくび)

五十日(ごとおび)と一六日(いちろくび) 暦いろいろ

七曜・1週間が導入されたのは1876年(明治9年)のことであり、日本全国で普及したのは1945年以降の戦後とされています。それ以前まで休日や曜日的な感覚はどのようなものがあったのかといえば、五十日(ごとおび)と呼ばれるものとそれに紐づく一六日(いちろくび)が休日のような曜日のような概念で使われていました。

五十日とはなにか、一六日とはなにか詳しく説明します。

五十日とは

五十日は「ごとおび」と読みます。「ごじゅうにち」と読み間違うため「五・十日」と書く場合もあります。

関西で生まれた言葉で関西では「ごとび」と読むこともあります。

江戸時代から明治初期までよく使われていた言葉で、毎月5日・10日・15日・20日・25日・30日または月末のことです。

つまり、日の一の位が5か0の日のことです。

ただし30日は例外で、旧暦ではその月の長さに関わらず月末日(小の月では29日、大の月では30日)とします。

新暦でも小の月(30日以下の月)では月末日だが、大の月(31日の月)では30日とすることと月末日の31日とすることがあります。

五十日の慣習・決済・支払日

給料日やなにかの支払日は五十日になっていることはありませんか?

日本で一番給料日が多いのは25日で、続いて15日と言われています。または5日とか10日、月末ということが多くなっています。

給料日以外の支払日・決済日にしても5・10・15・20・25・30(月末)ということが多くなっており、日本では五十日に支払い・決済の締切日とする慣習が馴染んでいます。

この5と0がつく日に決済を行うことを「五十払い」とも言い、現在でも普通に行われていることです。

イオンは五十日がセール日

五十日ってイオンのセールみたい、と思った方もいるのではないでしょうか?

  • 毎月5日・15日・25日は「お客さまわくわくデー」
  • 毎月15日は「G.G感謝デー」
  • 毎月20日・30日は「お客さま感謝デー」
  • 毎月10日は「ありが10デー」(地域により10くとくデー・お10くデー)

イオンは五十日を上手くセールに使っている訳です。

*なお毎月5日・15日・25日の「お客さまわくわくデー」は実は全くお得ではありません。むしろこの日をお得に感じている方は損しています。

一六日とは

一六日は「いちろくび」と読みます。「じゅうろくにち」と区別するために「一・六日」と書く場合もあります。または単に「一六」もしくは「一六どんたく」ということもあります。

今ではほぼ使われなくなった言葉ですが、1945年の戦前までは一部で使われており、江戸時代から明治初期までは普通に使われていました。

毎月1日・6日・11日・16日・21日・26日のことです。

一六日の慣習は休日や稽古日・寄り合い日

江戸時代から明治初期まで一六日は、休日・稽古日・寄合日・講釈日などにあてられました。

特に明治元年(1868年)には明治政府が一六日を太政官布告で官公庁の休日としたことで、会社としても一六日を休日にするところが続きました。

休日が6日しか無いの?と思うかもしれませんが、その後更に減ります。というのも明治9年(1876年)に七曜・1週間が導入され、当時は土曜日は休みでは無かったためです。

でもなぜ一六日が休日になったのかと言えば、五十日が関連してきます。給料をもらったり決済を終えた翌日ということで、休日になったと言われています。

五十日だけが残り、一六日はほぼ消滅

五十日は今でも社会に根付いており利用されていますが、一六日はほぼ消滅しました。

ただ一部で残っています。それはどこかと言えば寺社です。

毎月1日は一日講釈日・一日講談日として誰でも参加出来る講釈日・講談日を行っている寺社はそこそこあります。

農村部でも一六日に寄合を行っているところは数少ないですがあります。

伝達手段があまり明確では無かった江戸時代、識字率も江戸時代は50%を切っていたと言われていたので、寄合というものは地域をまとめる上で必要なものでした。

*明治初期で男性の識字率は全国平均で50~60%、女性で30%ほどだったと言われています。ただしかなりの地域差があったそうです。

今は日本における識字率は100%近くとなっており、インターネットやSNSで簡単にコミュニケーションが取れるようになったこともあり、寄合そのものはかなり減っています。

以上、五十日(ごとおび)と一六日(いちろくび)についてでした。

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